日本の経済政策において長らく神格化されてきた「プライマリーバランス(PB)黒字化目標」。
私は、この目標設定そのものが、日本経済に深刻な悪影響を与え続けてきた 「有害な羅針盤」 であると断じます。
最近一部で囁かれる「PB黒字化達成」という情報は、昨年度(2024年度)のデータすら確定していない現時点において、憶測や特定のシミュレーションに基づく 「架空の情報」 に過ぎないと考えます。
「PB黒字化は目標であり、実際には赤字国債を発行し続け、財政支出は行われてきたではないか」という反論、ありがとうございます。しかし、この反論は問題の本質を見誤っています。
PB黒字化が名目上達成されていなくても、政府がそれを最重要目標として掲げ続けること自体が、予算編成における歳出規模や政策の優先順位に強力な 「緊縮バイアス」 をかけてきました。
デフレ脱却や持続的成長に本当に必要だった規模の財政出動は、「PBへの配慮」という呪縛によって抑制され、あるいは先送りされてきたのです。
これは 「機会損失」 という形での紛れもない緊縮であり、経済の活力を削いできました。
さらに、政府が「財政破綻論」や「将来世代へのツケ」といったレトリックと共にPB黒字化を強調することは、国民や企業に将来不安を植え付け、消費や投資を冷え込ませる「負のアナウンスメント効果」を生み出し、デフレを長期化させる一因となってきました。
確かにPBは赤字で推移してきたかもしれません。しかし、その赤字規模が、深刻なデフレギャップを埋め、経済を力強く成長させるために十分だったのでしょうか?答えは否です。PB黒字化という誤った目標に縛られることで、財政支出の規模は常に過小に抑えられ、デフレという病を治癒するには至りませんでした。また、歳出の中身も歪められました。
社会保障費の自然増などに対応するため、PBへの形式的な配慮から、本来国家の未来のために不可欠な教育、科学技術、インフラ更新といった 「未来への投資」 が削られ、短期的な帳尻合わせが優先される傾向が強まりました。これは国の成長力を長期的に損なう、質の悪い財政運営です。
日本は自国通貨建てで国債を発行できる管理通貨制度を採用しています。
これは、政府債務の増加が即座に財政破綻に繋がるわけではなく、インフレ率に十分な注意を払いながら、政府が必要な財政支出を行う余地があることを意味します。
そして、インフレには 「コストプッシュインフレ(原材料や経費の高騰により、やむをえない物価上昇)」 と 「デマンドプルインフレ(消費が旺盛で、供給が追い付かず、消費者同士の奪い合いの結果の物価上昇)」 の二種類があります。コストプッシュインフレを、通貨発行、金利調整等で抑制することは不可能です。通貨安/通貨高のコントロールは、日本単独では不可能です。
(しばしば、国債発行すれば円安、国債発行を抑制すれば円高、のような議論を散見しますが、そのような単純な要因でたやすく変動通貨を制御できるのであれば、国家的FX等による甚大な利益を生み出すことが可能になります。そして、そのようなことはあり得ません。詳細は「経済のトリレンマ」で検索下さい)
そして、現在の日本は、まぎれもなく 「コストプッシュインフレ」 です。
(デフレ=物価下落、と短絡に捉えられがちですが、デフレの真の恐ろしさは 「可処分所得の減少」 にあります。ここにおいて、少なくとも2001年の財務省設置以降、可処分所得は停滞ないし減少を続けてきたことは、単なる事実に過ぎません。可処分所得が停滞・減少局面で、消費が増加するはずがありません。この長期賃金停滞状況に、コストプッシュインフレが加わったため、該当する経済用語がない、極めて特異な長期景気停滞状況にあるのが、今の日本です)
(類似用語にスタグフレーションがありますが、これは 「高失業率」 も含んでおり、雇用創生による付加価値増加の積み重ねで脱却可能です。現在の日本の失業率は2.5%と、ほぼ 「完全雇用」 に近く、 「雇用創生による付加価値増大」 という手段が使えません。よって、スタグフレーションより悪く、該当する経済用語が存在しません)
特に日本のような長期デフレに苦しんできた国では、政府が適切な規模で財政赤字を拡大し、有効需要を創出することが経済学的な要請でした。
しかし、PB黒字化目標への固執は、この管理通貨制度のメリットを自ら放棄する行為に他なりません。「財政健全化」という言葉は、本来、経済の持続的成長と国民生活の安定・向上を通じて達成されるべきものですが、日本ではPBという単なる会計上の指標の改善にすり替えられ、そのために経済全体が犠牲にされてきたのです。
財務省設置法第三条に「その健全性の確保」とある財政も、管理通貨制度を無視したローカルルールに基づく運用では、本末転倒です。
この誤った羅針盤に導かれた結果、日本経済が支払わされた 「サンクコスト」 は計り知れません。
失われた数十年とも言われる長期経済停滞、デフレの慢性化、実質賃金の低迷、少子化の加速、そして何よりも国民が将来への希望を持ちにくい閉塞感。
これらは、PB黒字化という目標に固執し、適切な経済政策を怠ってきたことの帰結と言っても過言ではないでしょう。
最近、一部報道やSNSなどで「2024年度にPB黒字化が達成された(される)」といった情報が散見されます。
しかし私は、これらの情報は極めてミスリーディングであり、現時点では 「架空の情報」 と断じざるを得ません。
まず大前提として、2024年度(令和6年度)の国のプライマリーバランスに関する公式な実績値は、現時点(2025年5月末)では公表されていません。
国の決算は年度終了後、数ヶ月の集計・監査期間を経てようやく確定します。
昨年度のデータが確定していない以上、 「達成された」 と断言することは不可能です。
では、なぜこのような情報が流れるのでしょうか?
考えられるのは以下のようなケースです。
予算編成時や年度途中の経済見通しで、特定の楽観的な前提(例:極めて高い経済成長率や大幅な税収増)に基づいて、「PB黒字化が見込まれる」といったシミュレーション結果が示されることがあります。
これらはあくまで「もし~ならば」という条件付きの予測であり、確定情報ではありません。
通常PB黒字化目標は「国・地方合計」を指しますが、「国のみ」のPBや、景気変動要因を除いた「構造的PB」など、特定の指標を取り上げて「改善した」「黒字化した」と主張する場合があります。これらは全体の姿を反映しているとは限りません。
一部のシミュレーション結果や試算が、その前提条件や不確実性を十分に伝えることなく、あたかも確定した事実であるかのように報道されるケースは後を絶ちません。これは極めて問題のある行為です。
仮に、何らかの計算方法や特殊要因によって、単年度のPBが形式的に黒字になったとしても、それが真に喜ばしいことかを冷静に判断する必要があります。
もしその「達成」が、国民生活に必要な政府サービスを切り詰めたり、将来への投資を怠ったりした結果であるならば、それは国民の犠牲の上に成り立った見せかけの数字に過ぎず、むしろ経済をさらに悪化させる 「不健全な黒字化」 です。
管理通貨制度の観点からすれば、デフレ下でのPB黒字化は、多くの場合、政府がその役割を放棄したことを意味します。
日本が真の経済的豊かさと持続可能な社会を実現するためには、まずPB黒字化という 「有害な羅針盤」 を放棄することが不可欠であると考えます。「PB黒字化達成」といった表面的な数字やプロパガンダに惑わされることなく、管理通貨制度の正しい理解に基づき、国民生活の向上と将来世代への真の責任を果たすための財政運営へと舵を切るべきです。
それは、必要な政府支出を躊躇せず、質の高い公共サービスを提供し、未来への投資を積極的に行い、全ての国民が希望と安心を持てる社会を構築することに他なりません。
税は財源ではなく、あくまで経済の調整手段の一つです。
国債発行を過度に恐れることなく、インフレ率を適切にコントロールしながら、日本経済のポテンシャルを最大限に引き出す政策こそが求められています。
「PB黒字化達成」という言葉の響きに、一瞬の安堵や期待を覚える人がいるかもしれません。しかし、その言葉の裏にある現実、そしてそれが私たちにもたらすであろう真の帰結を見誤ってはなりません。 今こそ、虚構の「健全化」ではなく、本質的な「豊かさ」を目指すべき時です。